読み物
最終更新日:2021年11月30日
絵・写真・文:いろや商店の編集室
れんさいプロジェクト:旅する自由研究ノート
東京都心部にある植物の楽園、こどもと江戸城の歴史も一緒に学べる皇居外苑・東御苑(国民公園)
東京の真ん中にあらわれた植物園?
江戸城の歴史も学べる散歩スポット
「国民公園」ってなんだろう?という、ふとした疑問から、自由研究の名の下に国民公園へ直接行ってみる事にしました。実は、国民公園と名のつく公園は日本に数えるほどしかありません(皇居外苑・新宿御苑・京都御苑の3箇所)。今回はそのうちのひとつ「皇居外苑」に行って来ました。
江戸城のイメージばかりが強かった皇居外苑、あまりにも近くにあるので灯台下暗し。ということで、一度も行ったことがなかった場所ということもあり、とても良い機会でした。実際に行って歩いてみたときの第一印象は、植物園に来たのかと間違うほどの植物の楽園でした。無料で、全ての人にオープンな公園は、四季折々の植物が楽しめる散歩に最適な場所です。マラソンのコースに使う方が増えていると聞くのもうなずけます。こどもと一緒に散歩がてら歩けば、子育ての日々の疲れも癒され、こどもは植物に興味を持つきっかけになるかもしれません。
いろや商店の店長のおおま(@iroyaonline)です。
ご覧いただきましてありがとうございます。
育児・子育て苦手な店長が、こどもが主役で書いてますのでゆっくりご覧くださいませ〜。
国民公園って何?という、ふとした疑問から
今回は公園の中でも「国民公園」を直接体感するために足を運びました。
ちなみに「国民公園」とは、国が設置・管理する公園で、都市公園(よくみかける街の公園から、植物園や野外ステージなどの施設が併設されている公共公園)・自然公園(自然と親しむ場として、都市計画や農耕地として利用されないように守られている公園)以外にあたるのですが、「皇居外苑・新宿御苑・京都御苑」の3箇所しかありません。
歴史を遡ると、それぞれは元皇室苑地。国民公園が出来上がる歴史は戦後まで遡ります。戦後間もない昭和22年に、当時首相の片山哲の発意により立ち上がった旧皇室苑地の運営・整備計画によって、広く国民が使えるようにと示された方針は閣議決定がなされた後、昭和24年に一般公開されることになりました。その後も数年にわたって工事が続き、今の形になりました。元は、旧皇室苑地として使われていた場所です。たとえば、新宿御苑は戦前は一部の人にしか入園できない名園でした。そのような背景から、国民公園計画の目的は「国民が平等に使える公園」として、明るく民主的な時代をつくっていこうという未来に向けての意味が、込められたとも考えられています。
皇居外苑は厳密には1969年(昭和44年)に開園した北の丸地区(北の丸公園)と皇居前広場の皇居外苑地区、それに加え皇居の周り濠に沿った皇居外周地区を主に指しますが、通常は皇居前広場を中心とした地区のことを言います。
今回は、「北の丸公園」に向かうことができなかったので、「皇居外苑」と「皇居東御苑」を中心にお伝えして行きます。
今や当たり前のように自由に出入りすることができる「皇居外苑・東御苑」は、名園だからこその見所がたくさんあります。歩き回って半日。ゆっくり見ると1日観光にもなる広さで、この「広さ」も国民公園となる条件の一つです。こどもに小さなスケッチブックを持たせ、気になった植物を描かせるのがおすすめです。
ぐるりと皇居を囲んではしる東京の地下鉄はとても便利なので、皇居外苑へ向かう入り口はたくさんありました。
例えば、わかりやすい名前のついている桜田門駅・二重橋前駅。乗り換えで便利な日比谷駅・大手町駅、平川門が目の前にある竹橋駅など、どこから出ても目の前に出ます。店長が今回使った駅は、ちょうど皇居正面にあたる「二重橋」が目の前に見える「二重橋前駅」を出発点としました。(歴史的な建造物含めて、皇居外苑を楽しむスタートで一番おすすめの駅です)
地上に出ると目の前にまっすぐ見えるのは、皇居正門にあたる「二重橋」(厳重に警備されていて、橋を渡って皇居の中に入ることはもちろんできませんが、設置されている看板には新年と天皇誕生日は一般の方も渡れるとのことで書いています)左手には歴史の教科書でも有名な、桜田門(正式には、外桜田門)が見えます。
歴史上でも有名な「桜田門外の変」で暗殺された井伊直弼のお墓は、招き猫でも有名な世田谷区にある豪徳寺にあります。
実は当店では毎年1月1日、豪徳寺への初詣が恒例の行事となっています。前年の招き猫を置いて、新しい招き猫を連れて帰るのですが、他にも、絵馬を買ったり1月1日を満喫する場所で、なんだかご縁を感じました。
外桜田門をランニングのスタート地点にしている人が多いのか、着替えをしたり、走り出そうと準備している人も結構見受けられました。外桜田門は、二重構造となっていて、防御性の高い城門です。実際に中に入るとわかるのですが、完全に周りを囲まれます。
そして、右手には坂下門。本丸に向かっては坂を登って行くのですが、ちょうどこの辺りは坂の一番下にあたるので「坂下門」とついたようです。
話はスタート地点にもどりまして、後ろを振り向けば、丸の内のビル群です。
圧倒される高さのビルがたくさんそびえ立っています。
外桜田門から大きな道路を挟んで、駅側に大きな観光バスなどが止まっている駐車場があります。
二重橋前駅から向かうと、向かって左側ある銅像は「楠木正成(くすのきまさしげ)の銅像」です。鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての後醍醐天皇に仕えた武将で、武家政権から朝廷による支配の復活を図った武将ということで、皇居の前を守っているのかもしれません。写真のイメージと全く違って、存在感のある大きさで、すっきりと整備された公園の真ん中にドーンと立っている存在感は圧巻です。
遠い昔は、このあたりを馬がはしっていたことを思うとなんだか不思議でたまらない気分になります。天気のいい夜、楠木正成の銅像が広場を走り回っているんじゃないかと、勝手に想像して楽しめる場所です。
江戸城の歴史に触れられる貴重な史跡
二重橋前から、外桜田門・二重橋・坂下門に近づくなら、大きな道路を2本(日比谷通りと内堀通り)を渡らなければいけません。そのため、先に触れた「楠木正成(くすのきまさしげ)の銅像」を先に見に行くと、横断歩道を渡るためにまた戻ってこなくてはいけません…。看板だと手をのせておさまるかもしれない程度ですが、クロマツを中心とした広場の横は、歩くとそれなりの距離なので注意が必要です!店長的には最後にみるのがおすすめです。でも目の前に見えるので、ついつい到着した喜びの勢いで、先に行ってしまいそうになりますけどね。
外桜田門を眺め、二重橋を過ぎ、坂下門を横切ると、内桜田門の桔梗門が現れます。
どの門を見ても圧倒されるのは写真にも撮ってきた石垣の美しさです。それぞれの石のサイズは不揃いですが、みっちりと綺麗に積み上がった様子に、目の前で立ち尽くすだけ…となります。触ったりおしてみたり、持っているものを転がしたり、ぜひこどもと一緒にしてみてください。
江戸時代、江戸城の本丸へ向かう際はここ「桔梗門」か、この後に出てくる「大手門」を使っていたそうです。
現在は桔梗門から入ることはできません。桔梗門から見える濠の中には、可愛らしいコブハクチョウが1羽、優雅にスイスイと泳いでおりましたので、ついつい撮ってしまいました。
さらに城内へ入るためには、桔梗門からさらに歩いた先の「大手門」へと向かう必要があります。
大手門は、江戸城本丸登城の正門です。「皇居東御苑」への入園は、ここから門をくぐり入場券を受け取れば入ることができます。※ 手荷物検査があります。
「江戸城跡」綺麗に築きげられた巨石の石垣
皇居内の石垣は、特別史跡「江戸城跡」に指定されています。
皇居外苑を歩いていると、至る所で目に飛び込んでくる石垣ですが、その中でも各門の石垣の美しさに目を見張ります。一つ一つの大きな石を積み上げ、出来上がった美しくそびえ立つ面。江戸時代の暮らしは、今のわたしたちとは全然違います。過去に積み上げられた大きな石垣の前に立つと、時代の変化もですが、その頃の文化や暮らしを知りたい。という思いが強く湧き上がってきます。自分の人生では過ごすことのできなかった遠い過去、自分の過ごすことのないだろう遠い未来のことは、なんだか大きなロマンを感じてしまいます。
特に、過去の歴史については調べようと思えばいろいろなことを知ることができるので、こどもと一緒に興味を持った過去の時代のことを調べてみるというのも面白いと思います。
今まであまり歴史に興味を持たなかったとしても、こどもを連れて散歩がてら、江戸の街並みを想像しながら歩けば楽しく過ごせます。
昔の人は、この道をどんな格好をして歩いてたのかな?と、こどもの目線で歴史をみつめながら・話しながら歩けば、江戸時代から今の私たちが過ごすこの時代までどのように暮らしが繋がり、変化してきたのか…、「社会」に興味を持つきっかけになるでしょう。
そんなことを、巨石を前に感じました。あまりにも大きな石の塊を動かすこと、城の中に住むこと、城を守る仕事、今とは違うその頃の普通があり、その時代なりの暮らし方・生き方があります。今、店長がしているオンラインショップというお店の形態も、今後まったく違う形へ変わって行くことでしょう。時と共に変化して行く暮らしの中で、今私たちが過ごしているこの時代はこの先どのように映るのか?今私たちが見ている(教えてもらった)過去は正しいのか?いろんなことを考えながら歩きました。
大手門から入ってしばらく歩いて行くと、「百人番所」といって、本丸への道を警備する人たちのための場所があります。
ここでは「甲賀組・伊賀組・根来組・二十五騎組」4組が、昼夜交代で勤務していました。そこから向かって反対側に大きな石垣が見えてきます。本丸に向かうための門「本丸中之門石垣」は、平成17年8月から平成19年3月にかけて、修復工事が行われました。中之門の石垣の築石は、江戸城内でも最大級の巨石が使用されています。ここでは、その際に交換された石材の展示から、石垣の修復の流れも一緒に展示されています。
そして石垣もですが、屋根瓦も見るべきポイントの一つです。
同心番所はとても見やすいのですが、屋根瓦に「皇室の菊の御紋」や「徳川家の葵の紋」それぞれを見かけることができます。
大きな門では瓦の紋まで見ることは難しいですが、石垣同様に、瓦に付けられている紋を一つ一つ探していくのも楽しみ方のひとつかもしれません。
「皇居東御苑」は、植物園のような多様な植物が観察できる広場
大手門から入ってすぐの場所「三の丸」から向かう先は、2通りあります。
一つは、百人番所を見てから「中之門」を通って、本丸へ向かう道(本丸へ向かう最短ルートです、江戸城を攻め落としたいならこのルート一択です)。もう一つは、同心番所のあたりから登って右側の道を抜けていく本丸へは遠回りな道です。急がば回れということで、店長は「本丸」側ではなくて「二の丸」側から見ていくことにしました。
「二の丸」に入ると、目の前に昭和天皇が御発意され、造成された雑木林があらわれてきます。
そして、「二の丸」では、秋の七草、二の丸庭園、都道府県の木と、雑木林以外にも豊かな自然がら次から次とあらわれてきます。皇居外苑の店長のイメージは「江戸城跡」のみでした。てっきり歴史的な門をはじめとした、史跡群(建造物群)の場所とばかり思っていましたが、二の丸から、本丸にかけて歩くうちにそれらのイメージは大きく壊れることになります。
二の丸の植物は、野生で自生していたわけではないので、人工的に造成された雑木林や庭園ですが、昆虫などの生物も生息し、美しく作られ、管理されているので、都心の真ん中にいるにも関わらず、森の中に入ったような爽やかな気持ちにさせてくれます。訪れたのは冬だったので、雑木林といっても葉の落ちた木々ばかりでしたが、夏になり青々とした緑をつけること思うと、夏が近づいて来たら、また遊びに来て写真を撮ろうと思いました。
ちなみに今ある「新雑木林」は、昭和天皇の御発案でつくられた雑木林を平成天皇が拡張し整備されたものです。常緑広葉樹の植えられていた区画が落葉広葉樹の林にしたことで、多様性のある雑木林になりました。
二の丸では、都道府県別に植えられた木を順に眺めることができます。
季節に応じて咲く花は変わり、今咲いている梅の花があれば、まだ芽をつけたばかりの木など、多様な木々が植えられています。店長の生まれ故郷の青森は「ヒバ」です。そして、こどもが幼稚園の頃を過ごした茨城は「ウメ」です。香川県の木が「オリーブ」というのは、ここに来てはじめて知りました。来るたびに発見のある、季節に応じたいろんな楽しみ方ができる場所です。店長はこの後、二の丸から本丸へ向かうために梅林坂を使いました。ここは竹橋駅へと繋がる「平川門」がある場所です。
平川門については今回撮影などしなかったので触れないでいこうと思います…。
※ 季節が変わったら、北の丸公園へあわせて行ってくるつもりです。
本丸!といっても、今残っているのは天守台のみです。
綺麗に江戸城の天守が残っているわけではなく、天守台の近くにあるガイドにも書かれていますが、江戸城に天守があったのは50年くらいで、後の210年は天守がない状態だったとされています。なので、高さ60m位(最も大きかった時)の天守があったんだなと、こどもと一緒に想像して楽しんでみてください。
ちなみに、江戸城の細かい様子は「江戸図屏風」で見ることができ、そこには天守閣が描かれています。「江戸図屏風」には江戸の暮らしの様子が細かく描かれているので、時間があるときに見ると「探し絵遊び」をしているような気分になって楽しいですよ。「徳川家光どこいるかな?」「外桜田門はどこかな?」「住んでいる場所の近くが載ってるかな?」と、こどもと一緒に遊べば、なんとも豪華な歴史の勉強にもなる「探し絵本」に変化します!
リンクを下記に載せておきますので、興味があればのぞいて見てくださいませ。
「皇居東御苑」は、心癒される植物の楽園
ニの丸についで、本丸にもたくさんの植物が植えられています。
「桜の島」には30品種ほどの桜が植えられ、春になれば美しい桜が咲き乱れます。店長が訪れた季節は、春にはまだ早かったので、咲き乱れる桜をみることは叶いませんでしたが、桜の芽を見かけることができました。この芽が美しい花をつける時期にもう一度来ようと思っています。
また、かつて食用として栽培されていた古い品種の果物も植えられています。
これは江戸城後に、江戸時代の果樹の品種を植え、入園者が楽しめるようにとの天皇陛下のお考えから古い品種の果樹園を作ることになったと記されています。
本丸周辺には、「富士見多聞・富士見櫓」や「石室」などの歴史的な建造物がありますが、「皇居東御苑」は、様々な植物を一度に見ることができる場所としてお伝えしたいなと、店長はいちばんに思いました。
「皇居外苑・東御苑」は、誰もが自由に出入りできて、歴史的な建造物から自然まで、ふれることのできる場所があるという自由は、今では当たり前ですが、遠い昔は、自由ではなかったこともはじめて知ることになりました。一部の人だけが楽しむ自然、一部の人たちだけが楽しむ暮らし。時代を経ても変わらない建造物と、変わった人の暮らし。時代は流れますが、変わるもの・変わらないもの、少し考えさせられる場所です。
そして、「皇居東御苑」は、こどもと一緒に植物を見にいく植物園としてもおすすめしたいです。交通費はかかりますが中は無料で入れますし、季節に応じていろんな植物を楽しめます。パパ・ママも植物に興味のある人なら、ついでに江戸の歴史にも触れられるおすすめの場所です。こどもと一緒に外に出て歩く新しい散歩コースに「皇居外苑・東御苑」を加えてみてください。季節の節目に足を運び、親子で日本の四季の美しさ・自然の美しさを楽しめる場所です。